【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

タイムスリップ!

カウンター席で男がひとり、ショットグラスを傾けている。
キチッと締めたストライプのネクタイ。見るからに値の張りそうな上品なスーツ。整った髪と知的な眼差し。グラスをもつしなやかな手。
外資系の金融関係者か。それとも海外出張帰りの商社マンか。いずれにせよヤングエグゼクティブであることは間違いない。静かに、端正に飲んでいる。
そこは新橋の駅近く、薬屋の脇の細い階段を下りて行った地下2階。知る人ぞ知るショットバー。店の名は「トニーズ・バー」だ。
ウナギの寝床のような細長い店だが、洋酒の種類の豊富さと貴重な酒を確保してることから、洋酒好みの男達には、チョッとした聖地である。
ウイスキーをショットグラスで3杯ほど空けただろうか、ヤングエグゼクティブはスッと立ち上がり、金を払って出て行った。
2時間ほど経った。突然、大音響と共にドアが乱暴に開いた。全員が一斉にドアの方を振り返る。眼にしたのは、ドアを後に仁王立ちで立つひとりの男だった。髪はザンバラ、スーツが肩からズリ落ちてる。ネクタイは胸まで緩んでた。男は絶叫した。
「帰って来たぞお〜」。
男は・・・先ほどのヤングエグゼクティブだった。ざわめいてたショットバーが一瞬、静かになった。
グラスを口に近づけてた客の手が止まってる。
一体、この2時間の間に何が起こったのか!どこか他の惑星を回ってきたに違いない。それにしても2時間でこれほど変わるとは・・・。「こりゃ、まるでタイムスリップだ!」
この話は、ショットバーのエピソードとして、後まで語り継がれることになった。
今朝、帰寒してそのエピソードを思い出した。上京前、まだ咲いてなかったエンレイ草が花をつけてる。4分咲きだったヤマザクラも満開になった。

「トニーズ・バーほどのインパクトはないが、これも一種のタイムスリップと言えないか」
そう思うのはまあ、こじつけだけど、日常生活の中でそうしたタイムスリップ感覚を味わった人も多いんじゃないだろうか。
面白いタイムスリップ感覚の話、聞かせてもらえればありがたいのだが。