【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

 「電気の道」

「ワッ、あれは何だ!人が空に浮いてる!」
目を疑った。空中に幾つもの人影が遊泳してるんである。超常現象か?だが、事態はすぐに理解できた。電線が見えたからである。「電気の道」の補修工事だ。初めて体験した異様な光景だった。こういうシーンの目撃経験者は、そうは居るまい。

それにしても、危険な高圧線、しかもこの厳寒の中空での作業は言語を絶する厳しさであろう。鼻水は留まることを知らず、手はかじかみ道具を持つこともままならぬ。顔は烈風に曝され言葉も話せず、耳はもはや感覚もなし。
まさに、生命の危険を冒して作業を遂行する彼らを目の当たりにすると、頭を垂れずに居られなくなる。
この過酷な現場に立つ者の心情は、第一に、電気を生活者の許に送り届けるという使命感に他ならないだろう。だが、「大変ですねぇ」と声をかけられれば、「シゴトですから」とサラリと答える気もする。
日頃、スイッチを押せば当たり前の如くに点く電気。その「あたりまえ」の陰に、過酷な「電気の道」の保守作業があることを我々はとかく忘れがちだ。これは電気だけの話じゃない。分業化すればするほど、人の想像力は欠如し、身の回りのことしか考えなくなる。
ふと、この厳寒の「電気の道」補修工事を都市生活者と彼らの子ども達に見学させてやりたいと思った。
阿寒町には阿寒川を利用した水力発電所が4箇所ある。釧路市の工場地帯に送る高電圧線が何本も走り、町のハズレには大規模な変電所もある。
空気のようになってしまった電気と「電気の道」を、親子で考えるには最適の、生きた教材じゃないか?
だが、チョッと待てよ、少し先走り過ぎてるかもしれない。大体、こんな大規模な補修工事は北電といえども頻繁に行われてるんだろうか?まず調べるところから始めなくちゃならない。