【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

 ボランタリー(自発的)!

▼1914年、ロンドンの新聞に後にクリエイティブ広告の元祖と称えられるようになった奇妙な募集広告が掲載された。
▼「求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の長い年月。絶えざる危険。生活の保証無し。成功の暁には名誉と賞賛を得る」。
▼この募集広告は、アイルランド人のアーネスト・シャクルトン卿が南極探検の同志を募るために載せた広告だった。そしてこの募集広告を見た読者は、名誉と賞賛への挑戦を求めて何と5000人以上が応募した。「ヒトはパンのみにて生きるに非ず」の典型的な例だ。

▼1月25日、釧路、根室十勝管内134箇所でタンチョウの生息数を調べる本年度第二回目の一斉調査が行われた。一時は絶滅したと思われていたタンチョウが、今では1300羽を越え、阿寒町の国際ツルセンターでも、昨日は240羽を確認したという。
▼この奇跡的な復活の、最初の一滴になったのが阿寒町の山崎定次郎さんだ。61年前、凍てタンチョウを前にして自らの食べ物を削り、たった一人で人工給餌を始めた。やがてその活動が町を動かし、学校を動かし、地域を動かし、全国を動かすことになった。
阿寒町は、世界で最初にタンチョウ人工給餌を始めた町となった。野生生物の保護、共生のモデルともなった。環境保護のひとつの道を指し示す町になった。たった一人で始めた「ヒトはパンのみにて生きるに非ず」の挑戦が、タンチョウを絶滅から救ったのである。
▼今年はタンチョウとマリモ「特別天然記念物指定60周年」に当たる。釧路市、道東地区、北海道、さらには野生動物保護関係者、そして国民・・・あらゆるヒトが山崎定次郎さんに感謝してもし過ぎるということはない。