【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

「珍樹のつぶやき」

▲1月29日付の道新「卓上四季」に機知に富んだコラムが書かれてた。一読に値すると思ったので紹介します。

(コラムを読んでるうちに、その手だれぶりに内側から輝くような感動を覚えた)

『「洞爺丸」や「伊勢湾」など、かつては台風に名が付いていたように、インフルエンザも通り名で呼ばれていた時代があった▼よく知られるのが、明治中ごろの「お染風」(おそめ)。そのココロは…。<お染が久松に惚れたように、すぐ感染する「恋風」の意味があった>と岡本綺堂の随筆「綺堂むかし語り」にある
▼「お染久松」は人形浄瑠璃で演じられる悲恋。町娘お染は許嫁(いいなずけ)がいながら、丁稚久松との恋におちる。お染のような風邪にとりつかれてはたまらない、と明治の人たちは「久松留守」(久松さんはうちにいませんよ)と書いたお札をこぞって軒下に貼った。』(中略)

▲コラムは、そのあと北海道でインフルエンザが猛威をふるい始めたことに触れ、手洗い、うがいなどの予防策が肝心、だがもし感染してしまったら充分な休養や投薬などのケアが必要だと説く。面白いのはここからだ。

(本コラムニストは、日本中から苦虫がいなくるほど苦虫を噛み潰し、口を尖らせて書いてるかもしれない)

『▼さて、通常国会に臨んだ安部首相はインフルならぬ「インフレ風」を吹かそうと鼻息が荒い。2%という高い“発熱”(物価上昇)を促すなら、体力の弱い人が重い症状に陥らない手当が欠かせない。が、政府予算案では生活保護費を削る。一方、防衛費は11年ぶりの増額。防寒具を剥ぎ、鎧をそろえるとは
▼景気が良くなれば、いずれ“富の滴”はこぼれ、広く潤うとの皮算用。寒風が吹く中、困窮者は黙っていろーーと言わんばかりだ』

(悠揚迫らぬ百獣の王ライオンのように、いやソクラテスのような透徹した目付きで書いてるかもしれない)

▲このコラムニストがどんな人かは知らない。ただ、どんな顔をして書いてるかを想像すると実に愉快になる。「こんな顔して書いてるだろうか?」「あんな顔して書いてるだろうか?」
▲不肖ワタクシの『珍樹の森写真シリーズ』から想像に足る写真を引っ張り出してみた。さて皆さんは、本コラムニストがどんな顔して書いてると想像します?