【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

“なまら”不機嫌な新年っ!


※年が明けて早くも10日が過ぎようとしてる。今年は「未」来る年。すなわち「未来」の年、なんてダジャレてたんだが、どうやら“なまら”不機嫌な「未来」になりそうだ。その理由を挙げる前に、北海道弁の“なまら”を標準語に翻訳するところから始めよう。
※“なまら”は道央、道東、空知あたりの30代がよく使う、「大層」とか「とても」を意味する方言だ。若者が使う「チョーッ」に近いかもしれない。その“なまら”奇妙なことが大晦日に発生した。何と元旦になってないのに「おせち」と「おとそ」が食卓に並んだのである。

※きっかけは12月30日に観た『他県人から見た北海道の“ヘン”なところ』というTV番組。その中に「北海道じゃ大晦日に正月料理を食べる」という特集があった。同居人は「ホ〜ラネっ!」と喜んだ。子供時代の年越し習慣の記憶が蘇った!で、結婚以来初めて大晦日に食卓に!
※しっかしなぁ、「おせち」「おとそ」「雑煮」は、年が明けてからのモノでしょう。これじゃ「年末」や「年始」の意味がない。日本人が紡いできた特有の「正月文化」は無視されてるじゃないか!だが文句は禁物だ。粛々と呑み、粛々と食べる。「この風習はいつからなんだろう…?」
※一夜が明けた。昨夜の残り物をテーブルに並べる。が、「初」は薄れてる。それでも「ニューイヤー駅伝」を観ながら「おとそ」「おせち」「お雑煮」と続けるうちに正月気分になってきた。やはり年明けは年明けなんである。が、その後“なまら”不機嫌な「未来」は次々とやってきた。

(季節外れの雨!もあった。翌日はスケートリンク道路が出来上がった。5日)

平和憲法廃棄の野望をひた隠しにした年頭所感、集団的自衛権行使の解釈容認、特定秘密保護法案の施行、爆弾低気圧、暴風雪、全国的な記録的降雪、交通網混乱、サイバー攻撃ルーブル安、北朝鮮の恫喝、ロシアの威嚇、EUの経済危機不安…取り上げればきりがない。
※極め付きはパリの新聞社襲撃虐殺事件だった。イスラム教のみならずキリスト教、仏教・・・あらゆる宗教が教典の解釈の仕方によって、過激派、原理主義、世俗派、穏健派など、数限りない分派を生んでる。そしてその解釈の違いと複雑な不満が、表現の自由及び行動の自由を銃弾で圧殺した。

(チョッとだけ癒される光景もあった。キタキツネが餌を獲る動作を見せてくれた。元日)

※犯人たちは「ジハード」で、天国に行けるという…。解釈次第で民主主義は最悪の体制ということになるのか?コーランの教えとして、奴隷制度復活までも始めたというISIS(イスラム国)という過激派は、イスラム過激派しか人間と認めないのか…?
※他人事じゃない!集団的自衛権行使の解釈容認は、過激派の解釈と同じみたいだ。“なまら”不機嫌な未来とならないかっ!政敵をとことん攻撃する貴君が、今回の襲撃犯のような不安感を国民に与えてることを客観視して欲しいですなぁ、ABクンッ