【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

カヌーに身をゆだねる神の時間

土砂降りの雨が、屋根をたたいてる。時計を見ると1:30。イヤハヤ、参った。9:30からカヌー体験をする予定だ。土砂降りのカヌー体験はいただけない。何とか避けたい。こうなったら神頼みしかないか。
そういえば、初めて富山八尾のおわらに行った時も、モーレツな夕立が降った。布団の中で天にも届けとばかり必死に祈っていたら、2時間後には雨が上がり深夜のおわら踊りを体験できたっけ。あれと同じだ。祈れ、祈れ!そうこうしてるうちに、眠りに落ちたようだ。ふと眼が醒めてみると5:30。雨の音がしない。「やった、祈りは神を動かした!」。早速露天風呂に入る。北海道弟子屈(てしかが)川湯温泉の掛け流し。有名な群馬草津温泉より高いPH1.9の強酸性硫黄泉。リウマチや慢性胃腸病などに効能があると書いてある。手足を伸ばすと体に効くと言う感じがする。カヌーへの期待も膨らんだ。
9:00にチェックアウト。9:20にクッシー伝説で有名になった屈斜路湖(くっしゃろこ)の出発点に着く。すでにカヌーが2艘準備されていた。水がきれいだ。人跡の少ない自然が持つ、独特の透明感に感動する。ガイドの松沢さんも現れ、挨拶もそこそこに乗船名簿に全員の名前を記入、ライフジャケットを着る。チョッとした注意事項の指導を受けて、すぐに出発。少し沖へ出てから、釧路川の流れ出し口へと向かう。遠浅の湖底には、産卵期を迎えたウグイの群れが、黒い固まりとなってる。一体何千匹いるのだろう。
流れ出し口の橋の下を通るといよいよ釧路川だ。意外と流れが速い。パドルを持って漕ぎたかったけどこれではムリだ。操船は全て松沢さんにお任せする。暫くするとパドルの音も消えた。倒木と水が奏でる自然の透き通った合唱が聞こえるだけだ。
カヌーはある時は斜めに、ある時は真っ直ぐになりながら、流れに身をゆだねながら下っていく。両岸からはハコヤナギやら、ミズナラ、タモなどが太い枝を出し、緑のトンネルを作っている。「まだ、花の季節には、少し早いんです」。松沢さんがトツトツと説明してくれる。聞けば彼は滋賀県出身。カヌーにはまって何となく川湯に定住してしまったのだそうな。カヌーガイドにはそうした人が多いらしい。言い換えればそれほどシンクロデスティニな魔力があるらしい。もう一艘のカヌーガイドも、学生時代に北海道を旅してカヌーにはまったらしい。
なぜか美空ひばりの「河の流れに」の歌を思い出した。♪ああ〜、河の流れのよお〜にぃ♪ どうして思い出したんだろう、でも似合わない様で、似合ってるような気もした。
ネイチャーライフと言うのは、そうした生き方を選択することなのか? カヌーはそうした若き日の選択や生き方と、脱日常を体験したい人々の感動を乗せて下っていく。幸い雨はかすかに感じるだけだ。空気がうまい。ウグイスの谷渡りの声が聞こえる。
途中で流れ込みの沢に入る。「水に手を入れてみてください」松沢さんの言うとおりに手を入れると、切れるほどに冷たい。湧き水の沢。中途半端に送ってきた人生を振り返させるに十分な冷たさである。水藻が茂っていて、神秘的な風景をかもし出している。
約1時間下ったところでカヌーはまた沢に入った。「ここでチョッとサービスです」。何と熱いコーヒーとパンが提供されたのだ。「美味い!」パンは絶妙な味だった。松沢さんの奥さんが、パン屋をやってるのだと言う。こんな大自然の中でパンを食える。最高だ!「僕は食べないんですよ、パンは」と松沢さん。それは照れ隠しなのかもしれない。
再び、川へ戻る。緑のトンネルの中、流れに身をゆだねる。流れの合唱を味わう。こういうのを“質の高い時間”と言うのだろうなあ。
「これから少し流れの速い瀬に入ります。しぶきに注意してください」。前を見るとかなり波の立っている瀬が見える。
そうそう、こういう流れもありだ。瀬を過ぎると時間が止まった。水音も両岸の小鳥の声も、ガイドの声も、一切が止まった。ふと、自然の神が全てを包んでくれている、そんな感じがした。「幸せだあ、至福だあ」。
「もうひとつ瀬を越えて、その先のびるわ橋を越えたところで上陸します」。松沢さんの声でふと我に戻った。どのくらいの時間、至福感に浸っていたのだろう?カヌーは結構な流れの中、接岸した。上陸すると脚がヨロヨロした。
こうして約2時間、7km弱のカヌーの旅は終わった。また気軽に“上質の時間”を過ごしたい!そう、それは移住者の特権でもある。何しろ1時間半圏内でこんな時間が手に入るんだから。松沢さん、いい時間をありがとう!