【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

 枯死の枝から新芽!

他家に遅れること一週間、今年もレンゲツツジが咲いてくれた。どれだけ見てても飽きない。実に癒しを与えてくれる花だ。「今年もありがとう!」だが、本当のところは申し訳ない気持で一杯だ。

(今年も咲いてくれたが、よく見ると、枯死した枝が…)
と言うのも、ウチに3本あるレンゲツツジのいずれもが、蕾を持ちながら花を咲かせず、沢山の枝枯れが出現したのだ。理由は分からない。
近所の人は「世話してやらないからだ」と言う。確かに今年は雪が降らない分、寒かった。西風や北風も強かった。
「本来なら、冬場は菰や網で風から守ってやらなきゃだめだ」。

(北風から守ってやらなかった。保護者失格だ!)
ここ何年間は雪がその役割をしていてくれたのだと言う。実は毎年、雪が多かったことをいいことに手を抜いてた。
手を抜くことがどういう結果をもたらすか?いい例だ。枯れた枝は、手抜きに抗議してるように思える。
だが、接近してみると救いがあった。枯れた枝から、新しい芽がひそやかに伸び始めてる。枯死しない枝もあったのだ。「ありがたい!後悔の念が少しは軽くなった!」

(ウレシイことに枯れた枝から新しい芽が…)
「こりゃ、大切に育てなきゃならない。放っておいても子は育つと言うが、放っておいちゃ子は育たない!」
東日本大震災を思い出した。教訓は、手を抜いちゃならない!ということだ。
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