【スローライフ阿寒】

自然の中に置かれると人は何を、どう、考えるのか、ゆっくり対話しながら生きたい

  チリ地震津波!

「(カラスの集団イジメによる)イジメラレッ子が安心できる場所は、ここしかないんだなぁ」などと思いながら、鳶の写真を撮ってた。
だが、数千キロ離れた太平洋上では、時速800kmもの波が日本をめざしてたのである。

危惧はあった。1960年のチリ沖地震による津波が、24時間後に三陸や和歌山を襲い、150人を超える犠牲者を出したことを知ってたからである。
9:30、津波警報をテレビで見た途端、やっぱり、と思った。「大津波になる!一族に避難勧告だ!」
実は4年前、移住してわずか3ヶ月の間に、釧路地方には二度も津波警報があった。海岸近く、しかも阿寒川の河口近くに住む総勢15人近くの一族郎党は、青い顔して阿寒に避難してきた。
今回も一族は、津波到達予想時刻から30分前、12:30にはウチに避難してた。ただ、前の二度と違って津波は単純じゃなかった。第一波は小さく、第二波もそれほど大きくない。郎党はもう大丈夫と判断し、引き上げて行った。
30分後ケータイがけたたましく鳴った。一度は帰った海岸線近くの避難勧告がスゴイと言う。「も一度避難します!」
テレビでは根室の花咲港が90cmの潮位上昇速報を放映してた。何と、岸壁を越えた波が車を洗ってる!ヤバイ!久慈港じゃ1.2mの津波を観測してる。先ほどまで引き潮で剥きだしだった岸壁から海水がで溢れ出してる。自然の脅威に息を呑んだ。
結局その後2時間ほど、テレビとニラメッコすることになった。
幸い、19:00過ぎには津波警報表示が釧路からは消えた。哀しいことに自分の身の回りの危険がある程度去ると、他を考える余裕が生まれる。これから東日本、西日本は大丈夫だろうか?チリは大丈夫だろうか?

イジメラレッ子の鳶を思い出した。「それでも今日はとりあえず、安心できる場所があってよかったね、お互いに・・」